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【連載】ベストカー編集委員・梅木の「ちょっとした話」 Vol.10[都内今昔物語。46年も経てば、そりゃ景色も変わるよね~]

 下へスクロールしていくと……! なんだか懐かしい感じの白黒写真のお出ましです~。今回のベストカー編集委員・梅木の「ちょっとした話」、この写真を見ただけでも興味が湧いてきませんか? 毎週水曜日公開の当連載企画にも、深みが増してきた感じです。(ベストカーMate編集部B

■今回の舞台は、ベストカー編集部から歩いて行ける場所の東京都新宿区西早稲田。編集委員・梅木が46年前に撮った写真がきっかけ!

 ベストカー編集部からほど近い東京都新宿区西早稲田。新目白通りには都電荒川線の終点「早稲田電停」があります。
 都電荒川線は、荒川区三ノ輪橋から北区の王子駅、桜で有名な飛鳥山を通って山手線の大塚駅、東池袋などを経由して雑司ヶ谷付近からは明治通りに並走。

 新目白通りの上下線に挟まれた中央に敷かれた専用軌道を走り「面影橋電停」、そして終点の「早稲田」へと至る、現在唯一の都電路線です。

 現在の新目白通りは片側2車線の交通量が多い幹線道路となっています。「高戸橋~早稲田電停」の区間は800m弱ではあるけど、2車線道路の真ん中を(ガードレールで仕切られているとはいえ)、都電が走るちょっと珍しい区間となっているんですよ。

■現在、都内を走る唯一の都電「荒川線」。新宿区西早稲田付近を走るその都電の車両を激写! それにはちゃんとした理由があるのです

 上の写真が現在の新目白通り、「面影橋電停」の周辺。目白通りは片側2車線で、都電はその真ん中を走っています。

 そして、下の写真を見てください。今から46年前、1977年1218日の同地点を撮ったものです!

  石畳の路面の後方が「面影橋電停」。線路の敷かれた場所が、現在の新目白通りの下り車線になっています。

 この1977年の12月時点では、新目白通りは開通前で、都電荒川線は片側1車線の道路上に線路が敷かれる、いわゆる併用軌道。

 ……なんとも長閑な風景だけど、昔の都内って案外こんな雰囲気だったんですね~。ちなみに、写真の右手側には見えてはいないけど、曲で有名な「神田川」が流れているんですよ。もちろん、現在も流れています。

■上のカラー写真とモノクロ写真。実は撮影した場所は「ほぼ同じ場所」。開通前の新目白通り、その下り車線を都電は走っていたんですね

 今とはガラリと変貌した風景に、撮影地点の同定は難しいかと最初は思いましたよ。だけど、背後に見える製薬会社の看板が46年を経た現在も健在で、これを手がかりに現在の同地点を確定して、撮影したのです。

 46年前、都電の線路が通っていた場所が現在の新目白通りの下り車線となり、都電の線路は写真で見れば右手側に移設されているので、「完全な同地点」とは言えないけど、ほぼ同地点と言っていいでしょう。

 197712月といえば、私ウメキは中学1年生。翌年4月にワンマン化される都電荒川線の古い車両を記録したくて、カメラを持って荒川線沿線をウロウロしてこの写真を撮ったのでありました。(ベストカー本誌・編集委員 梅木智晴)